講演録

東北文化の日フォーラム 基調講演「知を活かし、地をつなぐ」

平成22年10月26日に仙台市福祉プラザで開催した「東北文化の日」フォーラムにおける赤坂憲雄先生(東北芸術工科大学東北文化研究センター所長・福島県立博物館館長)の基調講演の内容をまとめました。どうぞご覧ください。


こんにちは。「東北文化の日」という日が制定されましたが、僕自身はまさに文化をよりどころとして地域のために何ができるのかを考えてきたので、文化がこういう形で脚光を浴びる時代が訪れたことは大変感慨深いものがあります。

半世紀も前の東北は、そこかしこに「おしん」の世界が広がり、寒い、暗い、貧しいということが否定しようもない現実でした。けれども、僕が聞き書きのために東北の村々を歩き始めた1990年代の初めには、既に東北は貧しくなく、経済的には十分に豊かな世界が広がっていました。にもかかわらず、貧しさの幻影だけが社会の根っこのようなところに絡みついている。とりわけ高齢の方たちにはそういう印象がありました。

それから20年近く、ひたすら東北を起点にして日本や世界を眺めてきて、そして今、幾らかの希望を込めて、東北は自らの文化を持って立つべきだ、戦うべきだと僕は思うのです。

生活や生業に根差して、その地の歴史や風土や自然とかかわりながら、さらには旅や観光といったものとも交わりあらわれてくる、何か大きなもの。それをとりあえず「文化」と呼んでおきたいと思います。

博物館は自らの役割を社会にどのように発信していくのか

文化は常に“金食い虫”だといわれます。僕は福島県立博物館の館長もしていますが、館長になってからの8年間で運営予算は半分に減り、昨年などは予算がほぼゼロでした。文化施設にとって予算が減るというのは大変なことですが、僕はむしろチャンスだと感じ、年の初めに学芸員やスタッフに「運営予算がほぼゼロの状態で何をなすのか」ということを問いかけたんです。1年寝て暮らすわけにはいかない。自分たちが蓄えてきた知恵とノウハウを駆使して、お金がなくてもやれることをやってみようよと。

スタッフは実に見事に働いてくれました。本来、企画展もお金がなければできませんが、地域に埋もれている文化資源を掘り起こして自然系の展示をしたり、会津の漫画文化を掘り起こすといったことを徹底してやりました。それが評価されて、随分風向きが変わってきました。後ほど触れますけれども、この秋、会津では「会津・漆の芸術祭」という大きなイベントを展開しています。それもこれも、我々が必死で県立博物館のこれまでのイメージを壊しながら、新しいステージに立つためのささやかな努力を重ねたその結果だと思っています。

「東北文化の日」フォーラム基調講演1

いずれにしても、現代は、文化こそが地域の活性化の鍵であるということがさまざまな成功事例とともに注目されつつある時代なのだと思います。今、文化芸術創造都市といった、地域に固有の文化資源を地域の活性化のために活用するという考え方が提示、提起されています。ある意味では、僕が尊敬している社会学者の鶴見和子さんの内発的発展論の応用編だろうと思います。地域には歴史があり、文化があり、風土がある。その固有の条件に根差しながら、それぞれの地域が社会の活性化のスタイルをつくっていく。それが鶴見さんの内発的発展論だったと思いますが、そうした考え方が当たり前になっている気がします。

僕は、県立博物館という文化施設がどんな役割を求められているのかをずっと考えてきました。1970、80年代から日本全国にたくさんの博物館や美術館や文化施設がつくられた中で、博物館の役割は、ものを集め、調査研究し、展示することだと固く信じられてきました。けれども、21世紀を迎えて、もはや博物館の役割がそうした狭いところに閉じ込められていては地域の方たちの支持が得られないということに気づき始めています。そのときに、僕は博物館の外の人間なので、博物館や美術館が地域の文化の交流の中心として何か役割を果たすことができるのではないかと考えますが、博物館の中からはそういう考え方は決して出てきません。そういう問題提起をすると、そんなことは学芸員の仕事ではないという答えが返ってきます。古い文化施設のイメージにとらわれており、とりわけ専門的な能力の高い人たちがそういう抵抗をします。

我々の博物館では2、3年前、会津の伝統文化である東山温泉の芸妓衆を20人程招いて、歌と踊りの催しを行いました。僕はそのとき、博物館で芸者とは何だと批判が出るだろうと予期していましたが、意外にもその場にいた二百数十人の方たちが皆さん喜んでくれたのです。70代のおじいちゃんからは「こんな楽しいものがあるなら毎月やってくれ」と言われたのですが、そんなお金がないんですよ。そのときも、市の経済関係の方たちと連携してやっと実現にこぎつけました。でも嬉しいことに、それ以降、東山の芸者さんたちが昼のイベントなどで芸を披露する機会が増えたのだそうです。

今、博物館はこの大きな社会の変容の中で、自らの役割を社会にどのように発信していくのかということを問われています。今回の「東北文化の日」という言葉の背景にも、そうした文化をめぐる状況の変化が影を落としているに違いないと思います。

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